なぜ数学”史”が好きなのか?

どうもマルタです。

今回はなぜ僕が「数学史」が好きなのか?をまとめました。

「数学が好きです」という人は割と多く見かける気がします。


SNSなどで、いろんな定理を証明したり、すげーと評価している投稿はよく見かけるのでありますが。

しかし、一方で「数学の歴史が好きです」という人は限りなく少ないと感じています。
かく言う僕もその限りなく少ない内の一人でしょう。

ただ言っておくと、数学史は好きだし、数式ゴリゴリの数学も好きなんですね。

好きの大小関係としてはこんな感じです。

専門数学<数学史

さて、なぜ数学の歴史、すなわち数学史が好きなのか。
振り返って綴っていきたいと思います。

目次

きっかけは”怒り”

きっかけは2023年頃。
数学を学びたいと思ったことがきっかけでした。

当時は、売上を伸ばすライター(いわゆるセールスライターと呼ばれる)として生計を立てていたのですが、売上を追うことに疲れてしまいまして…。

現実逃避的な気持ちもあったのか、僕は売上とは全く関係ないことやりたいと思ったのでした。

その時、「そう言えばオレ、学生の頃は数学好きだったな!」と思い出し、数学を学び直すことを決意。

最初は高校数学からやるかーと思いましたが、学生時代に一度やったことあること、もう一度ってなんか面白くねぇ!ってなりまして。


ここは未知なる世界、「大学数学」一択だ!

と思い、大学数学の本を購入したんですね。

ちなみにこの本です。

大学数学の初学者にとって入門書らしいです。

最初のページをペラッっとめくる。

いやぁ…全く!わけがわからん!!

オカチイな…。

高校の時は、教科書読んだら大体こんな感じかな?と要領掴めて出来てたハズなのに…。
割と数学はできる方だったのに…。

大学だとその掴める感覚すらない。と言うかそもそも証明多くね???

とまぁ、大学数学の洗礼を受けたのでした。

ちなみに、高校数学と大学数学のギャップはとても激しいです。
高校数学が得意だからと大学数学に触れるのはエキサイティングだが、大変危険な行為でもあるので心してください。

僕はふつふつと怒りが湧いてきました(←なんで?

「誰だ、こんな難しいこと考えたやつ、出てこい!」

と思い、数学の歴史を調べ始めたのですが、
これが数学の歴史に興味を持った瞬間だったのです。

という、よくわからない動機で数学の歴史研究の幕が上がりました。

数学の歴史をナメてた…

僕は数学の歴史をナメてましたね…。

マルタ

所詮、数学なんて400年ぐらい前から誕生した若い学問だろ?

Google先生

数学の歴史はとても古く、およそ一万年前には存在したとされています

マルタ

は?

え?え?え?
人類ははるか昔から方程式とかグラフとか考えていたってこと?
え?なぜ?なんで昔からそんなことを考える必要があったの?
生活の役に立ってたってことぉ??

これが数学史にハマった瞬間なんですね。

すでに一万年前から人類は数学に取り組んでいた。
この事実に僕は数学の歴史に魅せられたのでした。

覆される価値観

以前までの僕はこう考えていました。

数学者って天才だから、天才的閃きでいろんなアイデアを発見していったんだろう?

ところがどっこい!

天才だからすごいアイデアが誕生したとは、決して言えない歴史があることを知りました。

例えば、1600年代ヨーロッパで活躍したパスカルという天才数学者は、「0から4を引いたら0だ」と言ったんです。

現代だと、−4じゃないですか?

でも天才は0だと答えたんですね。

なぜそんなミスしてるんだ?って僕は思ってましたが、歴史を調べると、当時のヨーロッパでは数字の「0」は存在しなかったんですね。

もっと言えば、数字の「0」は認められていなかったんです。

マルタ

認めないってなんだよ??

って思ってさらに調べたら、宗教的に数字「0」は認められなかったんです。

簡単に言えば、1こそがトップの神だから、その上に数字が存在するのは神への冒涜だ、てな感じです。

何これ?面白すぎる!

だって、数学の歴史を調べていたら、気づけば宗教の歴史に紐づいているのですから。

もっと言えば、数学の歴史は、数学者の物語だけでなく、その時代の思想や価値観、人々の暮らしや政治などの複雑な絡み合いに影響を受けながら発展していったのです。

もちろん現在も。

そこで感じました。

数学史とは、一つの壮大な知恵の人類史なのだと。

想像以上にピュアな数学者たち

学生の頃から、「数学者」と聞くと、何か論理とひらめきであらゆる問題を解決するパーフェクトな存在だと感じていました。

しかし、昔の数学者の話やエピソードを知れば知るほどに、「コイツらバカじゃん!」と思います…笑(失礼ながら…)

例えば、

  • 自分の発明した定理を売ったり
  • 宗教団体開いてみたり
  • 人が編み出した公式を平気でパクったり
  • 数学はできるのに、金はなくなったり
  • 完璧主義すぎてピンチになったり…

もちろん、偉大で素晴らしい数学者もいますよ。

ただ一言でいえば、みんな狂ってやがるッ!

社会的評価や損得を一切気にせず、ただ好奇心だけで突っ走る姿が、あまりにもロック。

そんな数学者たちの生き様に、僕は大好きなんですよね。

知的好奇心は人を無邪気にさせるのだなと…。

という感じで、数学理論も好きなのですが、数学の歴史も同じぐらい好きです。

僕は学生時代は、数学者になりたいなー憧れるなーと思っていました。

今からは数学者として第一線でバリバリと活躍する…というのは無理ですが、数学者のように純粋に好奇心に従って生きていきたいと感じています。

思わぬ報酬

そんな感じで、数学の歴史を調べて「面白ッ!」と思ったものを趣味として書き始めました。

そうして始まったのが、このサイトです。

僕の好奇心に従って書き続けていたものですが、いつしか多くの人に閲覧していただけるWebサイトになりました。

またそれだけでなく、数学の歴史の話を面白いと感じていただける方が増えたり、数学の書籍の原稿を執筆する機会までいただけました。

それがこの書籍です。

知って、感じて、好きになる! 面白い数学の教科書(ナツメ出版)

ぜひ手にとって読んでみてね

自分の趣味がこうやって、人に求められるとは夢にも思っていませんでした。

僕の数学史に対するスタンス

数学史について解説されている書籍やWebサイトはたくさんあります。

そこで僕の立ち位置ってどこ?って話なのですが、僕は”考察”がスタンスです。

もちろん多くの情報や文献に触れて、正しい知識を身につけることは大前提です。

ですが、それ以上に考察が大好きなんですね。

僕の数学史の出発点は、「なぜ?」でした。

なぜ?こんな難しい数学を考えたんだよー!という怒りから始まり…笑、なぜこの時代はこんな定理が発見されたのか?

なぜこの数学者はこんなことを考えたのか?その時代の価値観や背景は?そもそもこの数学者はどんな人?

歴史的資料からすべての疑問が解消されることはありません。

例えば、この数学者はなぜこんなこと考えたんだ?と思っても、資料から読み取れない場合があります。

その場合も、資料にないから考えないよりも、妄想でもいいから「こうじゃないか?」と結論付けたくなる。

それが僕の性分なのです。

だからこそ、僕のスタンスは考察になります。

個人的には、ミステリーを追っている気分なのです。

それゆえ、このサイトの名前は「数学Xファイル」

数学+Xファイル(海外のミステリードラマ)を組み合わせた名前なのです。

自分の考察が真実である!みたいな表現はしませんので、ご安心ください。

そして、すべての数学史を明らかにして、知恵の人類史を1ミリでも発展させられたらと思っております。

そしてこれからも…

そして2026年現在も、数学の歴史は研究中です。
最初は数学の歴史の記事を書いたり、最近はラジオやYouTubeでも発信しています。

それだけじゃなく、近頃は時間があれば数学者ゆかりの地を巡礼したりもしています。

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ライプツィヒ大学にて、ドイツの数学者ライプニッツの銅像をパシャリ
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ゲッティンゲンに存在する数学王ガウスのお墓
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埼玉県の騎西町に存在する日本人数学者、谷山豊のお墓
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広島市の平和大通り沿いにある、日本数学史家、三上義夫の記念碑

数学史を学んで感じたことは、数学には問題を解く以外にも、こんなディープな世界が広がっていたのか!と感じます。

学生時代までは、問題を解くことが数学のすべてだと感じていました。

しかし、それはごく一部の側面に過ぎないのですね。

そう考えると、多くの人が、こんな面白い世界を知らないのは損してるんじゃね!?と思うこともあったりします。(余計なお世話ですが…苦笑)

数学の歴史は単に発明の歴史ではない。
「天才たちが生まれつき天才が故に、いろんなことを発明できた」という単純なものではない。

その時代の価値観や哲学、思想、宗教観も複雑に絡み合っていたりして、数式の裏側には、人間ドラマがあり物語がある。

そんなことを数学史は僕に教えてくれました。


数学の楽しみ方に奥行きが生まれると人生が豊かになると確信しています。

難問を解くだけじゃない。
その背景にある社会学や人類学にまで触れることができると、数学はできなくても、数学を通して、我々はどう生きるべきか、というヒントが見つかるんじゃないかと思います。

だからこそ、これからも数学のディープな歴史を追求していこうと思います。

最後に

数学の歴史とは、常に変化し続ける時代の中で、真理という名の普遍を追い求めた人類の歴史なのだ。

〜数学史家マルタ〜

以上です。

この記事を書いた人

コピーライター、コンサルタントを経て、現在は数学研究家として活動中。売上至上主義に疲れて、数学ガチったら、思ったよりハマってしまいました。数学をはじめて3年目に突入。数学を通してみる、面白さや幸福について探究しています。

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