どうも、丸田です。
「1+1=2の証明は大学ノート1冊分使う」という話を聞いたことはありますか?
数学について詳しい人であれば、もしかしたら聞いたことがあるかもしれません。
僕が「1+1=2の証明は大学ノート1冊分使う」というネット記事を見つけたのは、確か中学か高校ぐらいの時でした。
「えぇ!?そんな簡単なことの証明にノート1冊も使うの?」と驚きました。そして愚かにも鼻で笑っちまいましたねぇ。
それから時は経ち、僕は専門的に数学を学習しました。
「1+1=2」を証明しました。
結論、「ノート1冊分使ってもおかしくない」です。
まぁ細かな話をすると、文字の大きさとかや行間、ダイナミックに文字を書くとか、人のクセによっては前後するかもしれませんが笑
しかし、それを差し引いても「1+1=2」の証明は大変です。想像以上に。
ちなみに僕の場合は、なんだかんだ44個ぐらいの定理や定義、公理を使いました。
根本的な問いの説明は哲学的になる
不思議ではありませんか?なぜ、「1+1=2」の証明がそこまで大変なのか?
なぜなら、数学において非常に根本的な問いだからです。
根本的な問いというのは、どうしても哲学的になってしまうんですね。
例えば「人間とは何か?」という問い。
「いやいや〜!普通に考えたら、俺たち人間でしょ!毎日ご飯食べるし、寝るし、お風呂入るし!、怪我したら血も出るし!、恋もする!人間だろぉ」と思うかもしれません。 でも最近は人工知能とか登場してきているという背景もあって改めて 「人間って何だろう」って話が話題に上がっています。
想像してください。
人間の誰か一人の価値観や考え方、クセ、個性など全てをデータ化できたとします。そのデータを機械にインストールしたとします。
果たしてその機械は人間なのでしょうか?
考えると難しい問いではありませんか?
思考はその人なら人間だ!という人もいれば、体が機械なら、もう人間じゃないとか。心はあるのかとか。そもそも本当にちゃんとインストールできたのか?と疑う人もいるでしょう。
なんかターミネーターみたいな話になりましたが笑、つまり根源的な問いというのは説明がとても難しいのです。
人類はいまだに「人間とは何か?」を明確には定義できていません。
まぁ若干、話が逸れてきましたが…笑
それほどまでに根本的な問いは、定義や証明が非常に難しいということがわかっていただけたでしょうか。
そして、それは数学も同じ。
「 1+1=2なんて当たり前じゃん 楽勝じゃん!誰でもできるよね」と。そう思えるほどの単純な主張だからこそ、証明には時間がかかるのです。
1+1=2。ナメたらアカン。
まとめ 1+1=2は根源的な問い故、証明が難しい
今回は「1+1=2はノート一冊分使うのか?」というテーマで解説しました。
数学の世界ではとても根源的な問いですので、証明するにはノート一冊分を使うぐらいに大変です。
しかし、人生一度は証明してみたい定理でもあります。
もし興味があれば、いろんな記事があるのでぜひ調べてみてください。